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Lee-Byung-hun addicted

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Seat warming story 《3》

Seat warming story 《3》


場内が明るくなる。
すすり泣く音があちこちで聞こえる。
席を立つ観客は皆満足げに見えた。
揺は席にじっと座ったまま帰っていく観客を見送っていた。
スクリーンに映っていたのはいつも自分の傍にいる彼ではないことを今更ながら痛感していた。
そうだ。
ソヌを観た時もインウを観た時もテジンを観た時もミンチョルを観た時も彼を感じたことはなかった。
傍にいる彼を観て誰かを思い出すことはあっても誰かを見て彼を思い出すことはない。
彼の中にソギョンはいるがソギョンの中に彼はいない・・・
彼は見事に別な人の人生を生きていた・・・・。
彼の完璧な仕事に言葉が見つからない。
もちろんストーリーも映像もセリフの巧みさも。
ここまで来た甲斐があった・・。
揺は彼に会えないとわかっていながらも今日ここに足を運んだのは正しい判断だったことを確信していた。
ふと気づくと回りには誰もいない。
彼女は慌てて席を立った。
この想いを彼に伝えたい・・揺はそう思い携帯を手に取った。
切っていた電源を入れる。
発信ボタンを押そうとしてふと我に帰る。
こんな夜中。
しかも来ていることは彼に内緒だったっけ。
苦笑いをして携帯をポケットにしまい彼女はロビーに向かった。



ずっと息を潜めて場内の空気を伺っていた。
自分が「ここは」と思っていたところで観客がどう反応するか。
笑いどころ、泣き所、気になっていた不安な部分、監督にさえばれないようにこっそりと仕込んだ仕掛け。
みんな反応してくれるのか・・・じっとスクリーンと場内を見つめていた。
ここぞというところで反応が感じられると無性に嬉しい。
確かな手ごたえとともに身体の中で血が沸き立ってくるような興奮が押し寄せる。
俺はやはりこの一瞬のために映画を撮り続けるに違いない・・・そう思うほど心地よい瞬間・・・。
エンドロールが流れ、場内が明るくなった。
キャップを目深にかぶり場内の人影が消えるまで寝たふりをしてやり過ごす。
あたりに人の気配がなくなり彼はおもむろに席から立ち上がった。
ふと正反対の隅の席にまだ人がいることに気がつく。
人影は自分と似たようなキャップをかぶっていた。
女の人?・・・こんな時間に。
しかも一人で。少し気になる。
彼女を残し近くの扉からビョンホンはスクリーンの外に出た。
興奮がまだ収まらない。
胸が高鳴る。
そしてその興奮の中で彼は揺を思い出していた。
この興奮を彼女に伝えたかった。
彼女の声が聴きたい何故かそう思った。
彼女を壊れるくらい抱きしめたいと思った。

そして携帯を取り出し電話をかける。
ロビーに人影はない。
従業員も今空いたスクリーンの清掃をするためにドアの中に吸い込まれて行った。
彼が呼び出し音を聞きながらふと目をやると
従業員と入れ替わりにスクリーンに続く扉から出てきたのはさっきの女性。
そして人気のないロビーに突然「ロマンス」が流れた。
慌てて携帯を出す彼女
「もしもし・・・」
彼女の声がロビーに響く。
目が合った二人。
驚いた表情のまましばらく見つめ合って動かなかった。
そしてどちらともなく笑い出す。
そしてゆっくりと歩み寄る。
「来ちゃった・・」
そう言って照れくさそうに舌を出した揺をビョンホンは思い切り抱きしめた。


少し早めのクリスマスイルミネーションで美しく飾られた明洞の街を並んで歩く二人。
「しかし・・よく来たね。」
「だって、あなたが『見たかったら早くこっちにおいで』っていうから。
早くしないとクリスマス終わっちゃうし」
と揺。
「知らなかったな。いつから東京とソウルは30分で行き来できるようになったの?」
ビョンホンは笑いながら言った。
「ん?今日から」揺はそう笑って答えた。
「全く・・・でどう?映画の感想は?」
「・・・・・・胸が苦しくて。目が痛くて。・・好きだな。私。
文句なしにとってもいい映画だった。
あなたがああなった理由がわかったわ。」
「ああなったって・・・どういう意味?」
「映画にあなたを捕られちゃったってこと。
犬小屋の前のあなたはあなたじゃなくてソギョンだったな・・・って今思い出すとわかるの。
私今日スクリーンの中であなたに会えるのをちょっと期待していたのよ。
でも、あそこにはユン・ソギョンしかいなかったわ。
あなたはいなかった・・・。
でもいなくて良かった。
会えなくてほっとして。でもすごく寂しくて・・・そしたらあなたが外にいたの。
言ってる意味・・・わかる?」

「わかるようなわからないような。でもすごく誉めてくれている気がする。」
「うん。あなたは最高の俳優よ。よかったね。素敵な作品にめぐり合えて。」
「ああ。」
ビョンホンはそういうと揺の冷たくなった手をぎゅっと握った。
「しかし綺麗ね・・・
夕方明洞聖堂に行った時はあなたとこうやって街を歩くことなんてないだろうなって思ってたのに。
今こうやっているのが夢みたいだわ。」
揺は周りのイルミネーションを眺めてそういうとビョンホンの腕にそっとしがみついた。
「夢じゃないさ・・試してみる?」

彼は悪戯っぽく笑うと揺をオフィスビルの大きな柱の影に引き込んだ。
そっとあたりをうかがう。
そしてにっこりと微笑むと揺にそっと口づけた。
「ほら。夢じゃないだろ。」と彼。
「ううん。夢かも。だって夕べの夢の中のあなたはもっと凄かったもの」
悪戯っぽくそういう揺に呆れたような笑顔を向けながら彼は言った。
「じゃ、もっと凄いのしよう」
そして彼は揺をぎゅっとぎゅっと強く抱きしめた。



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